あ(あ):
クロニクルトップを飾る絵描きさん。「あ」氏。(『矢野尾雅俊』という名も)
第1期カクテルソフトに在籍し、DOSゲー時代の黄金期を駆け抜けた御方。
代表作は同社のかつての看板ゲーム『きゃんきゃんバニー』シリーズより第4弾『プルミエール』と第5弾『エクストラ』。『DOKIDOKIばけ〜しょん-きらめく季節の中で-』が最後の作品となった。
良い意味で90年代的な可愛らしい絵と二次元に特化したアホらしい(褒め言葉)センスはすばらしく、特に『きゃんきゃんバニープルミエール』と『同エクストラ』のヒロイン『サラ・スワティ』のデザインは秀逸。その緻密なデザインをよくもDOS16色の環境で表現できたと評価する声も多い。(もちろんこれは同社のCG描きの職人芸にも拠る所が多である)
その反面、筆が遅いとの声も聞くが、氏の描く4コマ漫画などは自分で作ったキャラクタにえげつない言動をさせるというあたりは現代の風潮にも通じるものがある。作者が好きな絵描きさんはこういう人が多いな。
また女子プロレスの大ファンで、最終作『DOKIDOKIばけ〜しょん』にも同職業のキャラが登場する。自ら女子プロレスゲームの企画を作ったほど。(ただしゲーム作成そのものには彼の関わっていない。退社後に発売されたが、お世辞にも出来はゴニョゴニョだったようだ。)
作者はこの人の絵が好きで好きでたまらなく、よくある『中身?そんなもの飾りです。偉い人には(略)』的アンソロジーなども表紙のためだけに買いあさった過去がある。甘くて苦いマーマレード。
絵師そのものから引退なさったのか、最終作以降まったく音沙汰無しなので残念でならない。
(最終作から2年ほど後に小説の挿絵を描いて時限復活。そのときの作者の狂喜乱舞っぷりは語り草である)
作者をこの世界とキャラクタ絵というものに引き込んでくださった張本人で、今でも声高にファンであると叫べる。作者の絵はこの人のデザイン性に由来する。(本人が聞いたら鼻で笑われるでしょうが)
ちなみに、今をときめく甘露樹氏なども「あ」氏の絵に共感された人である。(好んで氏のキャラクタを描いていたことなどから)
氏の絵が入った画集はすべて所有しておると自負しており、作者にとっては100億万円くらいの価値がある。
氏が絵を描いたゲームが再び世に出る日が来れば、たとえ年上が誰一人でない妹ゲームでも作者は買う!
何度でも言おう!たとえ年上が誰一人でない妹ゲームでも作者は買う!
フルカラーで描かれた氏の絵を作者は見たい!!!

アトリエかぐや(あとりえかぐや):
人類撲滅機関のひとつ。主に年上スキーの甘えん坊たちを標的として枯渇戦を得意とする集団。『ハート・ビート』部隊と『ヨークシャ・バークシャ』の2つの部隊が確認されており、『ハート・ビート部隊』はナースルックの戦闘服を着ているところを多数目撃されており、『皇の死の天使部隊』とも呼ばれる。一方、『ヨークシャ・バークシャ部隊』は、喫茶店から地下迷宮までなんでもござれのエリート部隊で、何度でも殺しにやってくる『再殺部隊』でもある。これらに加えて第3番目の部隊『ホンキートンク・パンプキン』が設立されたという噂もあり、ちょっとでも気を抜くといつのまにか大きくなっていて、恐ろしいものを作っている。まったく『atelier(発育不全)』とはよく言ったものである。ぼやぼやしてると後ろからバッサリだ。

アリスソフト(ありすそふと):
老舗の人類撲滅機関のひとつ。以前はそうでもなかったのだが、西暦2000年あたりを境に新たな戦力が増員されてから撲滅機関の様相が強くなった。人類撲滅にゲーム性を絡めるという非人道的なことを(しかも低価格で)やってのけるあたりに老舗と呼ばれる機関の恐ろしさを感じる。戦術と呼んでよいほどに緻密な戦略を立てて、時間をしっかりと守って兵器を投入してくる。これに多大なる予算を組み込んだ作戦を取られると我々にはどうしようもないほどに隙のない殲滅戦をしかけてくる。アパートと変身ヒロインを使わせたら右に出るものがいない。

YESだね!(いえすだね):
相手のとった行動が実に良い結果をもたらした場合、あるいは自分の心の琴線に触れるようなものであった場合に、それを褒め称えるときに使う言葉。
決して『ナイスだね!』などと褒めてはならない。
(例:『お前のブレンの使い方、YESだね!』)

ウェディングドレス(うぇでぃんぐどれす):
息子と呼んだ男性のために着る二度目のそれこそが最も美しい。

お母さんなんて大嫌いだ!(おかあさんなんてだいきらいだ):
これはウソをついてる味だぜ

大人買い(おとながい):
財力に任せて大量に買い込みを図る行為。
本当の意味での大人はこんなことしない。

お姉ちゃん(おねえちゃん):
お姉ちゃんをさす言葉。(何言ってんの?)
普段「○○ねぇ」とか呼んでるお姉ちゃんを「○○おねえちゃん」って呼んでみなさい。
まちがいなく、『きゅんっ!』ってなっちゃうから。お姉ちゃんが。

お姉ちゃんの3乗(おねえちゃんのさんじょう):
正式な発音は『おねえちゃんのさんじょう』なのであろうが『おねえちゃんきゅーぶ』と発音しても間違いではない。
世の中には誰でも思いつく言葉というものがあり、それは陳腐と呼ばれるが為にあまり使われることがない。(それを逆手にとってあえて使うという事もある)
だが、まったく逆に誰にも思いつかない言葉というものを生み出せる人がいる。
(とはいえ、これを勘違いしてるやつらも多い。「錆付いたマシンガンで明日を打ち抜く」などはオリジナリティでもなんでもない。ただナイフをマシンガンに置き換えただけのなんら意味を持たない言葉である)
・・・竹井十日氏以外の世の中の誰に『お姉ちゃんの3乗』なんていう単語を思いつける人がいるというのかッ!?
てなわけで『お姉ちゃんの3乗』である。MARRON社の前作『秋桜の空に』でダダ甘おねえちゃんという存在が認知され、それに特化して特化しすぎた作品。時代の最先端を行き過ぎてついてこられる人が少なかった。(まるでヨハン・メンデルの法則のようである。・・・わかりにくい?じゃあ疾風ウォルフの用兵っていえば分かる?)
だが、これについてこられた人々にとっては「われらの時代が来た」事を実感できた偉大な出来事であり、それ以上に笑いすぎて横隔膜が破れて死ぬんじゃないかと思うくらい危険な出来事でもあった。
そもそもお姉ちゃんが分裂して3人になった!って時点ですでに頭がおかしい。
子供おねえちゃんって発想自体がすでにおかしい。
隠しキャラの品行下劣な下ネタお姉ちゃんの声がほっちんという時点でもうおかしい。
「お姉ちゃんは増えても良いね」って歌がかっつり破天荒におかしい。
世界が追いつくにはあまりに速度が速すぎ。
あまりに危険なネタが多く、原作者をして「しまった、やりすぎた!」という歴史的名言を残した。
お姉ちゃんが大好きなら絶対にやらないといけないゲームの1つ。
だが、たやすい気持ちで手を出すと手痛いしっぺ返しを食らうゲームの1つ。
『姉萌』を語るゲームの大半がいかに生ぬるいかが良く分かるであろう。
熟達し、お姉ちゃんがいないと頭も洗えないような弟にならないとこのゲームの真髄は分からないのである。
だがあえてこの言葉を贈ろう。
これが、姉ゲーだ!

カウンターアタック(かうんたーあたっく):
本来は『反撃』とか『逆襲』とか言う意味だが『RENNOS』においては異なる。
飲食店のカウンターで顧客対応をしている最中に、ままんやよその奥さんに咥えられていまうオシオキの1つ。当然咥えている本人はカウンター(バー)の陰にいるのでお客様には見えない。
実に恐ろしいオシオキ。2006年に開発された人類撲滅兵器の1つ。
カウンターアタックを加える側は、たいてい怒っていることが多いからイクまでやめてくれない。
でも、オシオキの側のスイッチが入りいつのまにかご奉仕になっちゃったりすると、立場を一瞬で逆転できる『トリプルクロス』を成立させられる。
(だがたいてい上手くいかない。相手のほうが遥かに熟練だから)

覚悟はいいか?俺は出来てる(かくごはいいか おれはできてる):
1.二者択一を迫られた際に、両方をとることを選択したときに使う言葉。
『どっちも取らなきゃならないのが、俺たちのつらいところだな?』という言葉に続けて使う。
非常に出来のいい秋子さんフィギュアと、これまた出来が良すぎるさゆりんフィギュアが同時発売されたとき、
両方買いたいけど、それをやってしまうと経済破綻が起こってしまう。
しかしそれでもどちらかを選ぶというより、片方を捨ててしまうということ自体に酷い後悔を覚えてしまいそうなときには、この言葉とともに命を捨ててどっちも選ぶ。
かっこいい男の生き様。(でも大人じゃない)
2.自分と同じ破滅的行動を他人に強制するときに使う。
相手に反論の隙すら与えないのが上手な使い方。
みっともない大人買いで購入しようとしている冷静に考えたらいらない玩具を
友人にも押し付けるかのように持ってきてレジスターに並ばせるときに使うべし。
『(散財の)覚悟はいいか?俺は出来てる』

KANON(かのん):
夢の中で起こる奇跡の物語。複数の声部が同じ旋律を異なる時点からそれぞれ開始して演奏する様式の曲

看護婦さん(かんごふさん):
近年は看護士さんと呼ぶらしい。まったく趣を理解しない連中の多いことである。「看護婦にはえろい女が多い」というのはAVばかりみている作者の後輩の言葉であり全くのでたらめだが、「未亡人には看護婦が多い」というのは紛れもない事実である。ちなみに「看護婦にはえろい女が多い」のではなく、「年下の男の子をコロしにくるえっちなお姉さんは看護婦であることが多い」のが正しい理解である。
ちなみに『nurse』には『授乳させる』的意味も含まれているので、これも「未亡人には看護婦が多い」という真実を証明するひとつの理由になっている。

きかんきかんドニー事件(きかんきかんどにーじけん):
作者の黒歴史の1つ。作者の肉筆の汚さを示すときに用いられ、作者の周囲ではほとんど形容詞として扱われている。
『きゃんきゃんバニー』と書いて店員に見せたところ、「『きかんきかんドニー』ですか?」と素で聞き返された事件。
最大の原因は作者の字が汚いというところにあり(それ以外には何の原因もないから最大もクソもない)、店員には何の落ち度もないのだが『きかんきかんドニー』という単語をおかしいとは思わなかったのか!店員よ!(じゃあ『きゃんきゃんバニー』という単語はおかしくないかと問われればおかしいとしか答えられない)
作者の心が酷く傷ついた事件である。

きゃんきゃんバニー(きゃんきゃんばにー):
第1期カクテルソフトの代表作。ちなみに『プルミエール』と『エクストラ』をさす。(スペリオールやスピリッツ、5・1/2、プルミエール2、primoおよびi-mailは含まれない。作者の中では)
作者をこの道に引きずりこんでくれた恩あるゲームなので、作者を語る上でははずせない。
ちなみに第2期カクテルソフトとか現在のF&Cはどーでも良い。
「あ」氏の絵にくわえ、春奈ななこ氏のシナリオの絶妙さでいろいろな意味でおもしろい作品であった。それまで『セックスの対象』でしかなかった女性キャラに(二次元的デフォルメされた)個性を持たせ、メインヒロイン以外にもファンが出来るという物語を演じてみせた昨今の『萌え』を生み出し、えろがなくてもストーリーとして成立させたというあたり、現在の環境を作った根っこの1つであるといえる。
ベタベタな展開と笑えてほんの少し切ない物語。
(ナンパゲームと名打っていたので、個性の無いいわゆるバカ女的キャラのほうが、リアルといえばリアルである)
『プルミエール』と『エクストラ』は、前3作の『ナンパゲーム』(当時は「ねるとん的」とも呼ばれていた)の冠を取り払い、『恋愛体験しゅみれ〜しょん』と名称された。
『しゅみれ〜しょん』であり『シミュレーション』ではない。誤植ではないかといわれるが『しゅみれ〜しょん』こそが正しいと信じる作者である。あくまで趣味の範疇なのだから『しゅみれ〜しょん』でいいのである。
(ちなみに、第4作『プルミエール』ではパッケージに「女性ライダー」と表記されている。これは「女性ライター」の明らかな誤植なのだが、実際ゲーム中には女性ライダーがキャラクタとして登場するので混乱を招いた)
上記2作は個別のゲームでありながらストーリー的に連続しており、ヒロインである『サラ・スワティ』との恋の物語であるとも言える。
(そしてメインヒロインとえちぃが出来ないゲームの元祖でもある。これを悪しき伝統としてしまったのは同社の失点。)
先にも述べたがキャラ立てが非常に良く出来た作品(今から見ると弱い面が多々あるが)なのでコンシューマハードにも移植された。『プルミエール』はセガサターンにも移植されたが、『エクストラ』はPC-FX以外のコンシューマハードには移植されていない。(Windowsにすら)
これは『エクストラ』のキャラの一人『坂本春奈』のシナリオが前大戦中に行われた虐殺に絡むものであるからというのがもっぱらのうわさである。(PC-FX版でも彼女のシナリオだけは大幅な修正がされているらしい)
18禁美少女ゲームというニッチな場においてこういうシナリオを展開したというだけでも、この作品が目指そうとしたところの大きさがわかる。
同時期に発売された『同級生』とならび、名作を言われるものにはそれなりの理由が存在する。
(キャラ人気だけでまったく異なる絵描きさんに『プルミエール2』を作らせた同社はクリエイターというものを理解する努力を怠っていたのだろう。その後しばらくつづく低迷にもうなずけるというものである。無論それだけが理由ではあるまいが)

金髪の人妻(きんぱつのひとづま):
『幸せになれない人妻』の代名詞であったが、2006年に覆された。
金髪でも人妻は幸せにならなくてはいけないのである。
数多くの不幸を経て、ゆっくりと幸せになろう。
ちなみに、いわゆる欧州方面では『金髪の女性をバカにしてはいけない』という法律が存在するような国があるほどブロンドとはおバカさんの代名詞になっているようである。ブロンド=頭弱いみたいなイメージ?
しかし金髪の人妻は別に頭悪くない!頭が痛くなるほど恥ずかしい格好で年下の恋人のところに出かけるところを娘に見られることはあっても、だ!
でもまれにいる生粋のじゃっぷの癖に金髪なのは、イメージではなくホントにアタマワルイ。

黒歴史(くろれきし):
かつて確かに存在していたが、そのあまりに忌まわしさに『そこに在った』という事実すら意図的に消し去られてしまった出来事のこと。
人は過去の苦い経験からこそ学ぶことが多いが、その思い出の酷さによっては立ち上がって前を見ることすら出来なくなる事がある。そういう時、人は『忘却』という概念を用いてそれ以降を生きる力とする。
つらすぎる思い出だけでは歩き出すことが出来ない。
それを『黒歴史』という。
転じてかつて確かに存在していた酷い創造物を無かった事にするときに用いられる言葉。
あるいはその不出来に対していずれ修正されてなかったことにされてしまうこと。
『無かったことにしてほしい』の同意。
もしくは、そうされてしまうだろうという予言的意味合いも含まれる。
だが最近はこの黒歴史化してしまう事象が多すぎるように思う。
ある人物は言っていた。「黒歴史があったからこそ、人は今を生きることが出来る」と。
そう。東映版があったからこそ、京アニ版が光り輝くものになったのである。
月は太陽がないと輝けない。しかし、月があってこそ、人は太陽の輝きを再認識できるのである。
やり直しが聞くことであれば、何度でもやり直せば良いことである。

月光蝶である!(げっこうちょうである):
だそうです。

最強7原種(さいきょうななげんしゅ):
本ネタは勇者王ガオガイガーの『機界最強7原種』より。作者が思うところの最強な奥様7人をさす。すでに7席すべてが埋まっている。が、今後増えてゆくであろうまだ見ぬ素敵奥様には『魂の11優勢主(そうるじゅういちゆうせいしゅ)』の座が準備されている。(1席は埋まっている。)
先達という意味で『魂の11優勢主』より『最強7原種』の方が少し上の立場であるが、より洗練された奥様が占めるであろう『魂の11優勢主』には期待するところ大である。
ちなみに、攻略できないコンシューマ奥様には『マーマレイテッド』の座がある。



作者の嫁(さくしゃのよめ):
藤枝涼子のこと。俺の嫁、もしくは嫁と表現することも。詳細は〔藤枝涼子〕を参照。

サラ・スワティ(さら・すわてぃ):
作者が恋をした神様。七福神の一人『弁財天』。水と音楽の神様。サンスクリット語の『サラスヴァティ』より。80年代的「ぶりっこ」(死語だなぁ)を、それが廃れてきていた90年代に復活させた。・・・・作者もコロッところげた。
神様なのだが自覚が薄く、音楽の神様なのに琵琶も上手に弾けないらしい。(本人談)
先代(おばあちゃん)からその座を譲り受けたばかりで、いわゆるほとんど女子高生である。
多方面にわたり知識はあるが頭が悪く、料理も壊滅的とまったくティピカルなダメっ娘。
『きゃる〜〜ん』を口癖とし、人間社会に興味を持ち、ビルのガラスに映った自分のお尻を見て太った?と愕然としたり、ゲームセンターで主人公にとってもらったぬいぐるみ(キョロロちゃん人形というらしい。)を大切にしている等など、ほんとうに普通の女の子となんらかわることがない。
(いろいろと間が抜けていて、二の腕も太い。だけどそこが可愛いとは主人公の言)
彼女がいない主人公の為に「女運」を授けるために降りてきたのだが、その「女運」が自分にもついていた。そしてそれに気がついていなかった。
(小説版では、自分を見ることが出来る人間がほとんどいなくなっていいることにくわえ、棲んでいた小さな祠が壊されることになって泣いていたところを主人公に助けられる。
ゲーム版よりもすこし神秘性が増している。)
まさに人と恋をするために降りてきたともいえる神様で、他の七福神(6人の人形みたいなデザインのじーさん)も、神である以前に一人の女の子として幸せになってほしいと自らの孫のように思っている。
主人公以外の人間には見ることもできず、また彼にすら触れることも出来ないことを悲しく思い、人と神の差を嘆いてよりいっそう人間に対する興味を深めていき、最後には神を捨てて人に堕ちる。
つまるところ、きゃんきゃんバニーは人と神の恋の物語なのである。
原作者すらパーツを書き間違えるほどに複雑怪奇な衣装を身にまとっており、実にCG泣かせだったようだ。
2度ほどCDドラマ化されているのだが、1回目のCVが椎名へきる。当時は『マジックナイト・レイアース』とかいうアニメが放送されており、それが心底どうでも良かった作者は殺意を覚えた。プロデューサーを呼んで泣くまで殴ろうかと思ったほどだ。ナメンナ。
(ちなみにピンパイ版ビデオはまさしく黒歴史。発売以前の狂乱とその不出来っぷりに対する狂乱は、当時の作者を知るものは見ていてつらかったという話。砂になれ)

シスコンです(しすこんです):
よろしく

少佐(しょうさ)
1.草薙素子。超ウィザード級のハッカーで世界屈指の義体使い。その才能から「エスパーよりも貴重な存在」とよばれるが、その男の視線誘導を得意とするおぱいとお尻にかんしても「エスパーよりも貴重な存在」。
作者は『Solid State Society』に登場した紫の髪のショートカット(でしかもデカパイパイ)なむっちりおねいさんデコットが大好きです。結婚してください。
2.元ナチスSSで吸血鬼の戦闘集団『最後の大隊(ラスト・バタリオン)』の指導者。「次の戦争のために戦争をやる」という手段と目的が入れ替わった戦争狂。自他共に認める「狂った」人物。「諸君。私は戦争が好きだ」から始まる大演説はあまりにも有名。中身はアニヲタ。これで声がカミーユ・ビダンなのだから、こっちも「エスパーよりも貴重な存在」である。コラしやすくて大好き。ものを食べている時間は幸せになれるあたりとその体型は作者に似てる。

大子宮(だいしきゅう):
大急ぎで、の意。たぶん大至急のミス変換だと思われる。別に子宮の大きさは作者の選別範囲に入っていないので、子宮が小さい人妻でもまったく問題ない。
そもそも子宮に有意差が出来るほどの大きさの違いがあるのかどうか知らないが、あんな大きな赤ちゃんがすっぽり納まるのだから、やっぱり子宮はすごいのである。女体の神秘ならぬ母体の神秘。。
サンクチュアリにある黄金12宮には、隠された13番目の宮があってその名が(以下略)
・・・・子宮を語らせたら、作者はちぉっとうるさいぜ?

ダダ甘(だだあま):
『甘やかしが過ぎてダダ漏れになっている』という意味。
ぱっと聞くと意味が分かるような気がするのだが、よ〜く考えると分からなくなってくる言葉。
過分に誰かを甘やかす女性に対する形容詞。

妻らない(つまらない):
「つまらない」大辞泉によると「おもしろくない。興味をひかない。とりあげる価値がない。大したものではない」等の意味。作者のPC(というよりIME)はこれを「妻らない」と変換する。
「妻」という単語が入っているのに大したものではないとはどういう意味かッ!
答えろ、ビル!

天意(てんい):
降りてくるものの1つ。『このキャラの絵を描け〜。こんな服を着せれ〜。描かんと神的罰則を与ゆる〜。』と作者の中に声がして突然絵を描きたくするモノ。具体的に何かと説明できないので天意と呼ぶしかない。
ただこの『天意』が望むところの絵を描くに作者の画力が大幅に足りていない現実はいかんともしがたく、自らが望む理想と現実の差を嘆きながも、己が数倍の戦力に負けなかったヤン・ウェンリーの偉大さを改めて認識するところである。全然関係ないけど。
作者の絵が履いてなかったり脱ぎかけだったり胸に突起が出ていたりするのはこの天意の所為。
天の意思なのだからどうしようもないのである。

天使(てんし):
降りてくるものの1つ。作者に「RENNOS」のネタをもたらしてくれるモノ。本当に突然、主に会社で仕事をしているときに降りてくる。この天使がくれたネタは大抵作者の人格を(悪い方向に)誤解させることが多い下品なものであることが多いので、この天使はいわゆる守護天使とは違うものと考えられる。作者としては不本意なのだが一応神の使いが言っていることなので、ネタにしないと神的罰則が与えられるので書くのである。
天の意思なのだから、これまたどうしようもないのである。
こういう『神的罰則』から自分を護ってくれるのも守護天使の仕事ではないのかと思うのだが、作者の守護天使は見た目はいいのだが自堕落属性で、ろくすっぽ自分の部屋の掃除も出来ないおねえちゃんタイプなので当てに出来ない。
そのくせ天の使い的罰則だけはしっかり与えてくれる。こんな守護天使いらないので、母性あふれるおっとり守護天使と交換してください。PLEASE。

DOKIDOKIばけ〜しょん(どきどきばけーしょん):
作者が好きな絵師『あ』氏の最終作。第1期カクテルソフト(DOS16色環境)の傑作と作者は信じて疑わないどころか異論を唱えた相手には粛清を加える。
作者はこれの発売に際して、通販を待ちきれず、30キロ離れた店まで原付で走るという偉業をなした。往復60キロ。原付で移動する距離じゃないと思います。
まったくベタなストーリーでしかも舞台は夏休みというこれ以上はない予定調和。
ヒロイン『高階睦』は今で言うツンデレ。作者の中ではこの『高階睦』は『サラ・スワティ』の娘ということになっている。非公式。なぜって顔がそっくりだから。
主人公のことが大好きなくせに言い出せない。でも他の女のこと仲良くしているとバレバレなほどにやきもちを焼くというその姿にニヤニヤしっぱなしであった作者。
同級生という設定なので現在のストライクゾーンからは外れるのだが、20世紀だったからいいのである。
ちなみに『高階睦同盟』というサイトがかつてネット上に存在し、作者はその広島支部長を務めていた。特にないもしてないけど。
本命である女の子を追いかけていると、他の女性キャラが邪魔をしにくるというラブコメの王道をひた走るのだが、邪魔をしにくるキャラクタがこれまた実に魅力的で多種にわたり、外国王家のお姫様から幽霊、女子プロレスラーまでいる。特に女子プロレスラー『雪谷綾香』は、ヒロインが目の前にいるのに主人公にわざと抱きついて見せたりする実に意地悪なお姉さんキャラ。絵師の大のお気に入りであり、作者も大好きであります。
今にして思うと、意地悪な姉キャラに惹かれた最初のキャラであり、年下をいじめて喜ぶ姉キャラの走りに違いない。
先にも述べたが絵師『あ』氏のキャラデザはこれをもって最後であり、実に残念である。
悲しい、ああ悲しい。(ウェスパシアヌスのような発音で)

二次元(にじげん):
作者らが本来住んでいるはずの場所。

姉!ちゃんとしようよ(ねぇ ちゃんとしようよ):
通称『姉しよ』。2003年というアネスキーにとって忘れられぬ一年はわずか1ヶ月の間に5本近い姉ゲーが発売されるという快挙の年であった。
そんな中で発売された「姉ゲー」の走りとなったと現在目されるゲームの一本。『きゃんでぃソフト』社をいろんな意味でデカくしたといっても過言ではあるまい。
『お姉ちゃんの3乗』と発売日がかぶるという理由ただ一点で、発売日を1ヶ月前倒しするというこの業界ではありえない速度で開発を進め発売された。
アネスキー入門の一本。特に初心者にはオススメ。
『お姉ちゃんの3乗』は刺激が強すぎるから。
『姉』という1つの意味にたくさんの呼び名があることをも知らしめてくれる。
発売前後でキャラクタの人気投票に大きな変化が生じた実に面白い作品でもある。
姉が6人という事実だけ見ると『お姉ちゃんの3乗』よりはるかにおかしな状況が舞台なのだが
それでも『お姉ちゃんの3乗』よりずっと(社会的にという意味では)マトモな環境で起こるおバカな物語という時点で、『おねきゅー』の突き抜けっぷりが察せられるであろう。
そして『姉しよ』が『おねきゅー』を恐れた理由も良く分かるであろう。
発売後、程なくして続編の発売が決定され世のお姉ちゃん大好きな弟クンたちを狂喜乱舞させ、名にふさわしい続編を作り上げてくれた。
(そして、そこかしこにちりばめられたこれまた結構危険なネタのなかに『おねきゅー』のネタも仕込まれていたりするのだから、やはり同社にとってかのソフトは危険で目を離してはいけない存在なのであろう)
続編になってから『ねぇ、しようよ!』という名の主題化が挿入されたが、
姉から見た可愛い弟を謳う歌詞+I'veサウンド+KOTOKOお姉さんのヴォーカルというクリスタルウォールのような無敵の壁を持った歌なのに
それでも『きゅーぶdeおねえちゃん』には及ばない。
発売本数、人気、知名度、ともに『姉しよ』のほうが遥かに上というのは間違いのない事実であろうが、それでも『おねきゅー』には追いつけないのが『姉しよ』である。
そもそも単位が違いすぎて比較すること自体に意味がない。それほどに、『お姉ちゃんの3乗』は恐ろしいゲームなのである。
『姉しよ』が『おねきゅー』に劣るといっているのではない。比べてはいけないのである。
・・・・『姉しよ』の項目なのに、『おねきゅー』ばかり書いている。
ちなみに作者が一番好きなのは要芽お姉さま。この一見隙がないようにみえて実は穴だらけで見てないと危なっかしいところがたまらなく愛しいから。
2番目は帆波ねぇや。
作者は「外見は良くて頭も良いけど、中身はズボラな女性」というのが好みなのかもしれない。
リアルでそーゆーのは、その、なんだ。ちょっと困る。

蓮間香苗(はすまかなえ):
最強7原種の一人。

裸足少女(はだししょうじょ):
人類撲滅機関のひとつ。めっちゃ恥ずかしい機関名。『Sweetie』部隊が主力。
枯渇戦とともに、おかしな言葉で相手の脳みそを壊す『電脳戦』も得意とする。
なかでも「しゅんすけみるく」の群を抜いたバカさかげに、人類は自らの発想に恐怖した。

母と姉(ははとあね):
どっちも愛でなきゃらならないのが
年上スキーのつらいところだな。
覚悟はいいか?俺は出来てる。

人妻(ひとづま):
よその奥さん。でも俺のもの。

人妻コスプレ喫茶(ひとづまこすぷれきっさ):
2次元の中に存在するすげぇ場所。もともと人類撲滅機関『アトリエかぐや』の『ヨークシャ・バークシャ部隊』が生み出した空間なのだが、そのあまりに強烈な『力場の溜まり場』であるが故にポツリポツリと時空のゆがみから発生した亜種が存在している。
ある海岸沿いの小さな商店街に存在する同喫茶店の店長は、ガチな息子と結婚したことで有名。

フィギュア(ふぃぎゅあ):
作者を惑わすものの1つ。買って楽しく眺めて楽しいものだが
その後の置き場にその、なんだ、困る。
とりあえず、ムケるとうれしい。
そして接写!接写!接写!
ぱんつの作りこみが歴史を動かす・・!!

藤枝涼子(ふじえだりょうこ):
最強7原種の一人。ラストナンバー7。
作者の育てのままで作者の嫁。作者と同年齢の娘がいる。よって年齢は推して知るべし。
『作者の嫁』といえばこの涼子ままんを指す。
可愛らしい垂れ目と可愛らしいピンクの髪と可愛らしい声とかわいやらしい身体。
作者と恋仲であることを本人の前で否定したり、餓鬼扱いしたりする一方で、
そんなに若い子がいいのなら勝手になさい!とヤキモチ焼いたり
一番のオシオキはご飯を作ってあげないことだと思っていたり
娘が自分の恋人に恋愛の情を持っていることにまぁ〜〜〜ったく気がついていなかったりと
可愛い事尽くめである。
(しかし、一番グッくるのはふられた時の言葉。眠っている娘に向かって「・・・あなたがいれば私は平気」と涙も流さないで独白するところ)
たった一人で「二人の」子供を育て上げた立派な母親なのに、ちっとも所帯じみていない。ちっとも所帯じみていないくせに家事は群を抜いて上手い。家事は群を抜いて上手いくせに息子との情事におぼれて避妊はしなかったりとアンビバレンツな奥様である。
まぁ、あれよ。一言で言えば可愛いわけよ。
作者をして『全ママ連』を立ち上げさせた張本人。稀代のマザコン丸戸氏を父親に、とてもそうは見えない奥様を描かせたら銀河で5本の指に入るやま☆ビッコ氏を母に持つ。
欠点だらけの完璧奥様。
でもそこが可愛いのさ?

母乳(ぼにゅう):
みんなだいすき。
母体から与えられる免疫系はもちろん、最近の研究では子供の精神面の成長に大きな影響があると
政府主導で『母乳で子供を育てましょう』なんてガイドラインまで作られている。
時代は母乳。
やがてみんなそこにかえるのだから。
鉄の味がするなんて大嘘。そんなウソに作者がだまされるとでも思っているのか?
甘い、甘すぎる。
防護プロテクターをつけたサイボーグをグレネード2発でやれると思うくらい甘い。
なめられたもんだぜ。

マザコンです(まざこんです):
よろしく

ママなんて大嫌いだ!(ままなんてだいきらいだ):
これもウソをついてる味だぜ

ママン(ままん):
作者が良く使う言葉。母親を指す。
なぜ「ママ」ではなく「ママン」なのか?
気恥ずかしいからさ、俺が(まじです)

MUSE(みゅーず):
DOS時代のゲームミュージックを多数作った集団。今で言うところの『I'veサウンド』であろうか?
現在と異なり主題歌というものがゲームにいまだ根付いていなかった頃のお話であるが、歌詞がなくてもストーリーを感じることが出来る曲というものを作者にはじめて教えてくれた人たちでもある。
これ以降、作者は歌詞のないメインテーマというものに注視する様になった。
(加古隆氏の『パリは燃えているか』やアディエマスの『世紀を越えて 』など)
楽しく切なく明るく甘く悲しくそして未来を感じる彼らの曲は、20代の頃の作者の一部となっていた。

RENNOS(れんのす):
本サイトの名称。発音は『レンノス』。正式にはRENNOS〜Hotbed of Tender-Passion〜。全ママ連はRENNOSの1コンテンツにすぎないのだが、全ママ連という単語はいまやすっかりサイトの代名詞となった。
誰も『レンノス』と呼んでくれない。ちょいと悲しめ。
ちなみに間違っても『レノス』と発音しないように。同スペルで『レノス』という名の寝具メーカーが実在するからである。
さらに付け加えると、「RENNOS」というスペルでWeb検索をかけると我が『レンノス』が先にきてしまう事態になってしまっている。実に危うい状況にあるのだが、仮にも顧客に対して品物を販売するメーカーが1個人の趣味のサイトに負けてどうするのかとも思ってしまう。作者が思っても詮無きことではあるが。
しかし、『よその奥さんとのピロートーク』を栄養素として生きている我がサイトと、寝具メーカーが同じスペルというのは奇しき縁を感じてしまう。
これも天意か。
せっかくだからコラボレーションを組んで奥様抱き枕シリーズを商品化しませんか?
売れるよ、高くても。がっぽがっぽでウハウハですよ。
だめ?無理?